YELL NIPPON

3.11 それぞれの時 そして明日へ

沿岸応援プロジェクト

前だけを向いて進んでいきたい。

きのこのSATO 佐藤博文さん(陸前高田市)

プロフィール:全国各地から多くの注文が寄せられる「きのこのSATO」のしいたけを販売

情報が入らない恐怖

3月11日14時46分
仕事の打ち合わせで仙台にいた。
震度6強。ただ事ではない揺れだった。
設計を本業とする佐藤さんの頭には、様々な思いが浮かんだそう。
「津波」を覚悟した。
ビルの地下2階に駐車していた車。
電気も止まり、会議で来ていた人たちの力を借りてゲートを持ち上げやっとのことで車を出すことができた。

17:00
仙台を出たが、高速も使えず、とにかく陸前高田に向かって車を走らせた。

ワンセグとラジオがあったが、陸前高田の情報が全く入ってこない。
情報が流れないのは、防波堤で助かったからか、壊滅状態だからか・・・
23時くらいに気仙に着き、不安な気持ちのまま山に停めた車の中で一晩明かした。

朝、生出(おいで)の山を越えて国道340号を通って陸前高田の街に向かった。
途中、消防の人に会い陸前高田は全滅だと聞いた・・・悪い方だった。

3月にしてはとても寒い朝、昨夜は雪も降っている。ようやくたどり着いた街の近く
高台から見た街は、見渡す限り何もかもがなくなっていた。

絶望の中の希望

自宅も流され、佐藤さん家族は現在も市内の広田小学校で避難所生活を送っている。
事務所は、基礎だけになってしまった。裏にあった8棟ものハウスは、骨組だけが無残な姿で残された。

地震=津波は、常に意識していた。
チリ津波のときには8.5Mもの高さの津波が陸前高田を襲った。
防波堤はその高さを基準にして作られてはいたが、大きな地震があったら海岸から500Mの事務所は津波の被害に遭うであろうことを想定していた。
何かあった時のために、高台に倉庫を準備していたが・・・そこも、津波にのまれてしまった。
想定外だった。

山手に7棟のしいたけハウスがある。津波の難を逃れるために高台に建てていたのだ。
まさかその数歩手前まで水がくるとは思ってもいなかった。
きくらげの培養棟もなんとか難を逃れた。
昨年のきくらげの生産量は20t、今年は40tを目指していた。
その数字には程遠いものになるけれど「希望」につながった。

しいたけ

3月16日から東京 高島屋で物産展に出店する予定だった。
3月11日も、そのための作業を行い、冷蔵庫いっぱいにしいたけを準備していた。
冷蔵庫の電気ももちろん切れた。
まだ、支援物資も届かないその日のうちに70か所の避難所にしいたけを配って歩いた。
しいたけは、ショックを受けると一気に成長する。
地震のショックで次から次へと成長するしいたけに手を焼いたが、食材がなかなか手に入らない避難所で多くの人たちに喜んでもらえた。

きくらげ

現在、ハウス1棟にきくらげを育てている。
もうじき、発芽のために袋に切り込みを入れる作業を開始できる。
7月から8月にかけて出荷ができると思う。

思いを込めて

これから、復興に向けてもっと国の支援が必要になってくる。
少しでも後ろを向いてしまうと心が折れてしまいそうになる。前だけを向いて進んでいきたい。
きくらげも、今までの規模でなく、もっともっと大きくしていきたいという目標がある。
そのめどがたった時、震災後伸ばし続けているひげを剃ろうと思っている。

前だけを向いて進んでいきたい。

写真

◆きのこのSATO販売株式会社(代表取締役 佐藤博文さん)

もともと、品質、味など定評のあった「きのこSATO」のしいたけ。現在、全国各地から多くの注文が寄せられています。 しいたけのハウスの中には、肉厚の美味しそうなしいたけが出荷を待っています。 購入をご希望の方は▼▼▼こちらまで。
Shopping URL:http://www.magariya.net/makers/kinokonosato/
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