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3.11 それぞれの時 そして明日へ

沿岸応援プロジェクト

多くの支援に支えられた、まちの小さな水族館

もぐらんぴあ まちなか水族館(久慈市)

プロフィール:地下水族科学館「もぐらんぴあ」が被災したため、8月、久慈駅前に「まちなか水族館」をオープン。

初期費用が大きく、修復は困難

 地下水族科学館「もぐらんぴあ」は、久慈市侍浜の海のそばにあった。入口は一般的な建物だが見学施設は地下にあり、前に進むにつれ外とは違う空気感に包まれ、それだけでもワクワクする施設だった。しかし3月の大津波はそんな水族館を容赦なく襲い、全壊させてしまった。
地下という特異な環境では、一般的な防災設備が役に立たないことがある。防災無線の放送も地下までは届かない。そのため、奇しくも2010年の夏、停電下でもしばらくは使えるように充電式の無線機を取り付けていたのが幸いした。
「これまで津波注意報や警報が出たことはありましたが、大津波警報は初めてでした。しかも、津波が来るとは思っていなかったので恐怖心はありませんでした」
「もぐらんぴあ」の指定管理会社、有限会社あくあぷらんつ代表取締役の宇部修さんは振り返る。
その日は平日だったのでお客は少なかった。警報を受けてお客を帰すと、出勤していた4人の職員も避難。避難場所で警報が解除されるのをひたすら待った。そこには情報が届かず、夜になっても、津波がどの程度だったのかわからなかった。

 翌日、水族館と同じ場所にあった石油備蓄基地が全滅したという情報が入ったが、現場に近づくことはできず、高台から見下ろすしかなかった。津波から3日目くらいに、ようやく水族館に入ることができた宇部さんの目の前には、瓦礫が散乱する無残な光景が広がっていた。
「その壊れ方を見たとき、(復旧は)ムリだと思いました」と宇部さん。実際に見るまでは「水族館は少し山側だから無事な部分もあるだろうと、希望的に自分に都合よく考えていた」それだけにショックは大きかった。
惨状を目の前にして宇部さんが考えていたのは「当面どうしようか」ということだった。地下水族館は約11億円もの費用をかけて造られたもの。修復するにもそれなりの費用がかかる。この災害では、どう考えても市民のライフラインの復旧の方が優先される。仕事が無くなってしまったということだけがはっきりわかった。
「わたしたちは職場がなくなっただけでこんな状態なのに、県南の人たちはどうなんだろう…考えが及びませんでした」
震災後数日間のことは、ノートを見ても、日時や物事が起きた順番を明確に思い出すことができないという。

あきらめていた復旧に希望の光

3月、従業員の離職が決まった。水族館を放置して硫化水素などが発生するという2次災害を防ぐため、4月には内部の清掃が行われることも決まっていた。
その前に水族館の中を見たいと、3月22日、従業員全員が集まった。市役所立会いのもと、ガス検知器も用意して、石油備蓄基地の従業員らとともに中に入った。酷い状況だった。水槽は残っていても機械が壊れていた。名物だった水槽のトンネルも水が濁って何も見えなかった。
しかしそのとき、底の方でなにかが動いたような気がした。なんと、生き残っているものがいた。カメの「カメキチ」だった。クサガメの「カメタロウ」もいた。懐中電灯の光に反応したのだ。別の水槽ではオウムガイも生きていた。

従業員たちはよろこんだ。まさに、暗闇のなかの光明だった。
生き残った生物たちはすべて各地の水族館などに引き取ってもらうことにした。設備が壊滅状態である以上、そうするほかなかった。

館内清掃の日、従業員たちはみな「最後のご奉公」のつもりで、津波に汚された水槽などを心を込めて洗った。すると、泥を流す程度のつもりだったのが、見違えるほどきれいになった。
「もしかして、できるんじゃないか?」
あきらめていた水族館の再生が、不可能ではないように思えてきた。

業者や水族館、大学などの支援を受けて

 宇部さんをはじめとする男性従業員たちは4月初旬から瓦礫撤去の仕事をしており、瓦礫が片付けばあとは失業と覚悟していた。しかし、4月中旬、国の「緊急雇用創出事業」が浮上。そして5月には水族館再開の計画が具体化する。元の場所では不可能なので、まちなかに小規模に運営することとなった。それが8月5日にオープンした「まちなか水族館」である。
場所は久慈駅前の一等地。市役所の担当者が探してくれた。水槽は「もぐらんぴあ」から持ち出せたものや、つきあいのあった業者や他の水族館からの支援によるものを設置。ほかに、修理という形で支援してくれたところもあれば、やはり大震災で被災した北里大学(大船渡市三陸町)からは冷凍機を譲り受けた。また東京海洋大学客員准教授の「さかなクン」は同水族館の応援団長となり、展示する生物を寄付したり、何度も足を運んで応援している。
「規模は小さいけれど、支援のかたまりです」
宇部さんがいうように、多くの人たちの支えがあったからここまで来ることができた。だからこそ、「大変ではあるけれど、前向きになれるから大変とは思わない」という。

当初、水族館は3月までの期限とされていた。「継続は、水族館がどの程度必要とされるかにかかっています。先のことはわかりませんが、必要と思ってもらえるようがんばるしかない」と宇部さんは話していたが、10月に次年度の緊急雇用が継続される見通しとなり、水族館も引き続き開設されそうなことが明らかになった。
「水槽に魚が入って初めて水族館になります」魚が入ったとたんに変わると宇部さんは話す。従業員の生物たちに対する愛情や今回多くの人々からもらった厚意など、「まちなか水族館」は温かさにあふれている。それは、水族館が元の「もぐらんぴあ」に戻る日まで、そしてその後も生き続けるであるだろうと確信できた。
「もぐらんぴあ」は施設を2013年度までに完成させ、2014年度の再開を目指している。

濁った水槽に絶望を感じたとき、底の方で何かが動いた

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◆もぐらんぴあ まちなか水族館(代表取締役 宇部修さん)

地下水族科学館「もぐらんぴあ」が被災したため、8月、久慈駅前に「まちなか水族館」をオープン。 また、「もぐらんぴあ」は施設を2013年度までに完成させ、2014年度の再開を目指している。
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URL:https://www.facebook.com/moguranpia9600/

もぐらんぴあ まちなか水族館(久慈市) へのコメント

  1. マツモトコウシ様 より:

    逞しく再起されることを祈ります。地元の方に希望を与えると思います。

  2. 宇部博美様 より:

     初めまして 7月16日 休館なのに 見学させて頂き 有難う御座いました。
    クラブツーリズムのツアーでした。当方 千葉県富津市在住です。千葉の南部に宇部と言う姓が何軒か有ります。奇遇ですかね!
    さかなくん 館山市にも見えていたようです。
    皆さん 頑張って大きい水族館再会してください。
    応援します。