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3.11 それぞれの時 そして明日へ

沿岸応援プロジェクト

大震災を風化させることなく前進していきたい

NPO法人 体験村・たのはたネットワーク 武井俊樹さん(田野畑村)

プロフィール:漁業を中心に、田野畑村の自然や歴史、文化に触れる体験を提供するNPO法人

その日、15時出航の予約があった

 NPO法人体験村・たのはたネットワーク(以下、体験村)は、地域の財産を発掘し、県内外の人々に「体験」を提供している団体である。田野畑村の美しい自然をはじめ、そこに生きる人々の暮らしや歴史、文化にふれる数々の体験プログラムは、特に田野畑と異なる文化のなかで暮らす人々を楽しませる一方、静かな地域にも活気を呼び、小さな漁村である田野畑村の名を広く知らしめた。
3月11日も漁師たちが操るサッパ船(小型漁船)で、大型船では近づけない断崖や奇岩を間近に見る「サッパ船アドベンチャーズ」というプログラムの予約が入っていた。バス2台に分乗した団体客がサッパ船の発着場所である羅賀荘の近くまできていた。出航予定は15時。バスの到着時間に合わせて、事務局の武井さんも車で羅賀荘に向かっていた。これからまた、体験客の笑顔と歓声があふれる、たのしい時間が待っているはずだった。

しかし、地震が起きた14時46分を境に、あたりは一変して物々しい雰囲気に包まれた。車のラジオで速報を聞いた武井さんは事務所に連絡した後、そのまま羅賀荘へと向かった。
「お客さんが心配で急いで確認を取りました。幸いバスは既に避難しており、高台で止まっているということがわかって安心しました」

体験プログラムで使う無線機が情報収集に役立つ

 体験村のスタッフは「サッパ船アドベンチャーズ」の実施のときは、いつも無線機を携行していた。これが役に立ち、携帯電話が通じないなかさまざまな情報を入手することができた。いつもの漁をしていたサッパ船の船長たちは、早々に撤収した人と海上に残った人とがいることがわかった。

 武井さんは津波が押し寄せる直前に鉄筋コンクリート造の羅賀荘に避難した。頑強ではあるが、海に面しており海の様子は一目瞭然。そこに避難した人たちとともに、生きた心地のしない、恐怖の時を過ごすことになる。最初に避難していた5階では、押し寄せる大津波に女性たちの泣き声や悲鳴が上がり、津波による風圧でドアが吹き飛んだエレベーターが吹き抜けとなって、そこから吹き込んでくる強風に敷き詰めてあった絨毯がバタバタと音をたてていた。
津波は羅賀荘の4階まで入り込み、武井さんの車もすでに流されていた。その後、避難者たちは最上階に移動した。

 無線機を持っていた船長たちとは連絡を取り続け、海上からは「波が来たぞ」という連絡も入った。船長たちは港に戻ることができず、近くにいた仲間同士が集まってそのまま一夜を過ごした。自分たちは無事だが、やはり家族のことが気がかり。家族への連絡を託された武井さんは、津波が収まった夕方、羅賀荘を出て船長宅へ無事を知らせに急いだ。

 神奈川県出身の武井さんは、津波については体験プログラムの「語り部『たのはた昔がたり』」で聞いてはいた。しかし、目の前で荒れ狂う海原を現実として受け止めることができなかったという。
「死者も出るだろうと思いましたし、家族や同僚も心配でした。直後は何から手をつけていいかわからず、復興ということも思い浮かびませんでした」

7月29日、サッパ船アドベンチャーズを再開

 田野畑村全体の被害状況は、全村約1,450軒のうち全壊または一部損壊が274軒、人口約3,930人のうち死者・不明者は約40名だった。体験村に関連するところでは、プログラム運営に参加していた船長たちが所有するサッパ船8隻のうち6隻、流された車や料理体験などに使われる番屋に置いていたカッパ類や料理道具、車や番屋そのものも失った。また、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれていた机浜番屋群がすべて流失してしまったのも非常に惜しまれる。
造船所もほとんどが被災してしまったため船がなかなか入手できなかったが、7月後半になってようやく4隻が届いた。その船も使って7月29日、サッパ船アドベンチャーズを復活させた。運航前の再開セレモニーには、復活に協力した青森県東通村の漁協の方たちの姿もあった。

 「大震災のことは、風化させないように継続して話していってほしいと思います。しかし、自粛していたのでは前に進めませんから、みなさんには観光にきたり、物産を購入したりといった面からの支援もしていただければと思います」と武井さん。少しずつではあるが、体験プログラムも復活してきており、民泊も規模や内容によっては受け入れることができるという。
傷痕は簡単には消えないかもしれないが、そんななかでも体験村・たのはたはふたたび出航した。

大震災を風化させることなく前進していきたい

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◆NPO法人 体験村・たのはたネットワーク(武井俊樹さん)

漁業を中心に、田野畑村の自然や歴史、文化に触れる体験を提供するNPO法人
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